【元葬儀屋】老婆の御詠歌

冬真っ盛りの寒い日に山奥の集落へ応援に出る事になった。
古株さんからの依頼で自宅葬の外回りの設営を任された。
そこは生花で供花を出さず、花輪を供花として出す風習のある地域だった。
勿論、花輪は自社の倉庫や近隣の業者から借受けて設営する。
雪がしんしんと降りしきる中、何度目かの追加注文を受け、自社の倉庫で花輪の準備を一人で黙々としていた。

(サビ~w手がかじかむし花輪デカイし…まだ時間あるかな…)
余りの寒さに耐えかねて近くの自販機までコーヒーを買いに出た。

あれ…。

倉庫は山間の畑に囲まれた見晴らしのいい場所にあったのだが、その畑の畦道を二人の老婆が引磬(いんきん)と鉦鼓(しょうこ)を鳴らしながらゆっくりと歩いていた。

(もしかしたら通夜の為にわざわざ歩いて来てくれてるのかな…)

その時はその程度にしか思わず、コーヒーを片手に仕事へ戻った。

(しかし雪降ってるのに傘も差さずに大丈夫かな…)

ふと不安に駆られて倉庫から気になって畦道を見た。

(いない…。)

国道の方にでも抜けたのか。
時間も差し迫ってきたので急いで設営に戻らねばならない。
冬場の通夜は早く暮れるし足元も雪で悪くなる。会葬客の誘導を頼まれていたのを思い出した。

しんしんしん…

雪は絶え間無く降り続ける。
会葬客は自宅の広間に入りきらない程ではなく、ゆっくりと焼香をしてもらう事が出来た。

キン…キン…キン…

鉦鼓の音がする。
(あの2人組かな?えらく早い到着だな。)
御詠歌は通常この地域では通夜終わりでする筈だが…。
なぜかその2人は当家の向かいにある小川のヘリに座り御詠歌を歌い出した。

(なんだ?風邪ひくどころじゃねーぞ?)

気になって畦道を抜けて呼びに行こうとしたが、焼香台の種火が消えかけていたので種火を取り替えて振り向いた。

いない。

それでも引磬の高らかな音と鉦鼓の鐘の音は通夜が終わるまで鳴り続けていた。

俺「古株さん、今日ずっと式中に御詠歌流れてましたよね。あの二人呼ぼうにも何処にいるのか分からなくて…すいません」
古株「?そんなん全くなかったぞ?お前ワシのすぐそばおったやないか。」
俺「え?聞こえてなかったんすか?」
古株「お前…見たな」
俺((((;゚Д゚)))))))
古株「ワシも一編だけ見たわ。紬来たバーさん二人やろ、先頭が引磬で。」
俺「はい…」
古株「そうか~…」

それから古株さんは何も言わずにコーヒーだけ投げてよこした。

結局のところあの2人組はなんだったのかは分からないし古株さんにもあれから一度も聞き直してはいない。
聞き直してはいけないような気がした。